2010台灣燈會嘉有囍市

2010台灣燈會嘉有囍市-串連貼紙

2009年3月8日

東大寺二月堂修二会

今年も 修二会 がやってきました (^^)

これは、東大寺二月堂で行われる、天平勝字4年(754年)に始まり1200年以上続いている法会です。

現在では特に

新暦3月1日から15日まで練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる11名の僧侶が、二月堂に昼・晩とこもって十一面観音菩薩に人々の過ちを懺悔し無病息災を願う
という内容が知られています。




ですが、各メディアで紹介されているのは、その練行衆が夜に二月堂に上る際に足元を照らす“松明”ばかりです。

しかし、松明は決して主役ではありません。

ですが、この松明の火の粉を浴びると、一年無病息災でいられる、というので、とても人気です。




私は2002年に初めて見に行ったのですが、最初の頃は二月堂の下で寒い中立ったまま松明の明かりを見ていました。

が、3回目からは、お菓子を携えて夕方5時過ぎに二月堂横の北の茶屋に行き、ここで時間を過ごして、6時前二月堂の中に入って、内陣での修行の様子を見ています。

注★夜7時に練行衆が上堂する日は、6時でいったん二月堂への出入りを禁止しています

今年も、8時過ぎまで二月堂にいました。
本日は、五体投地を見ることができました (^^)

その後やっと帰途に。
暗い夜道を一人でテクテク、近鉄奈良までもどり、駅ビルに入っているサイゼリアでワインを飲んでまったり(^^)

2009年3月4日

江南之行8天遊 之 第8天03/04

日目、34

早くも最終日を迎えました。

お昼1時30分までご自由に
だそうで、午前中はまたもや公共交通機関を乗り継いで、最後の観光に出かけました。


最初は、静安寺へ。
きらびやかでデカイ… (^^;)
創建はとても古いけど、戦乱&租界の上海では、新しく立て直されています。
入場券の裏面が2009年のカレンダーになっていました♪♪




たまたまお寺の前を通りかかった“电车”、日本語ではトロリーバス言います。

車体はなぜか沖縄美ら海水族館の宣伝が…。




次は、孫中山故居へ。

ここは、000年7月に本科留学を無事卒業して日本への帰国途中に上海に寄った際、当然のごとく観光した懐かしい場所。
ががが、故居の隣に新しく資料館が作られていました。





12時近くになったので、近くで見つけたワトソンズで記念にオリーブ配合ハンドクリームを買って、タクシーでホテルへ向かいました。

荷造り後、ホテルの目の前にあった食堂で昼食をとりました。

白米饭(2碗)
番茄鸡蛋
回锅肉

合計で22元!!!
这里的菜,又便宜好吃 ♪♪(^^)


チャックアウト後、約1時間かけて上海浦東国際空港へ。遠いなぁぁ (>_<)

JL628
上海17:30→関西国際空港20:30
で、無事帰国しました♪♪

2009年3月3日

江南之行8天遊 之 第7天03/03

日目、33

本当は団体さんとは別行動で、朝早くから観光をしたかったのに…、
昨日のガイドさん事件の影響で、日本の某旅行社に電話をかけたりで、携帯電話代を大量消費して、10時にやっと外出できました。

結果、問題は当然解決せり。
某旅行社のYさん、午前中から対応してくれて謝謝。

あぁ、やっと観光開始!!!

公交车(路線バス)…一人2元
陆家巷→上海火车站
轨道交通、略称轻轨3号线…一人3元
上海火车站→虹口足球场



昨日乗ったタクシーのおじさん曰く、、地下を走るのが【地铁】、地上を走るのが【轻轨】だそうで、、でも運営会社は同じです

と乗り継いで、魯迅公園に到着!!!
ここには、2010年EXPOのマスコット海宝がいました (^^)

魯迅墓苑記念館を見学しました。






そしてテクテク歩いて、魯迅故居を見学に行きました。

この時点で2時前、
しかもお昼をまだ食べていなかったので
通りすがりの路上で売っていた“”を買い食い♪♪
こういうのがおいしいのです (*^^*)



さて、さらにテクテク歩いて、多倫路文化名人街に到着!!!


どこもかしこも美しく修復されていますが、
中国近現代文学の遺産の宝庫です♪♪

少しはずれたところにある内山書店跡はプレートの前で記念撮影をしただけですが、左翼作家聯盟記念館(旧中国芸術大学)はゆぅ~~っくり参観しました (^-^)




ここからはタクシーで豫園へ向かいました。20分ぐらい。

今まで蘇州無錫江南の庭園をたくさん観てきたので、目が見慣れてしまっていて新鮮味には欠けましたが、適度にまとまっていて、とても雰囲気の良い庭園です (^-^)





園中で、一人で観光に来ていた地元のお姉さんに

不好意思,你帮我照相,好吗?(すみません、写真撮ってもらっていいですか?)
と聞かれ、OKするも、この方のカメラはiPodらしきもの…
タッチパネルは初めてなので、1枚目は撮るのに失敗しました (>_<)

宁波汤圆を食べて腹ごしらえをして、一緒に旅行している父の希望で、団体さんが夕食をとっているレストランへ行き、トラブルの顛末を説明していました。えらい迷惑を被ってしまった (>_<)

私はとなりにあったUHA味覚糖のお店で“ぷっちょ 普超”1箱を30元で購入。
今キャンペーンでぷっちょを1箱購入につきミニタオル1枚プレゼント
という言葉にひかれてしまった (*^^*)

この後は、地下鉄を利用して上海書城へ行きました。
映画関係の本も4冊手に入れましたが、、
ずっと欲しかった中国国内向けの好易通の電子辞書も買っちゃいました♪♪

その間、父は上海書城の2階にあったスターバックスで待っていてもらいました。
さて、買い物終了後は、テクテク歩いて淮海中路へ。
けっこう近いです。

運悪く傘を持っていないのに雨が降ってきたので
ちょうどあった日本の無印良品で傘を98元で購入 (>_<)
淮海中路には何でもありますね

ここらでお腹も十分すいていたので

富临轩鱼翅海鲜酒家 香港新世界大厦店

という広東料理のレストランで晩御飯とシャレこみ、、、
日本円に直したら高くはないけど、中国では十分に高級なので、ドキドキしながら注文していました
鱼香茄子煲
古老肉
扬州炒饭
萝卜丝
(なぜか無料の)龙井茶

合計で176元、でももとから日本円で計算されていました (^^)

レストランを出て、ビルの目の前で待っているタクシーにすぐ乗り込む…はずが、近寄ってきた浮浪者を撃退してから、改めてタクシーに乗りホテルの帰途へ。

2009年3月2日

江南之行8天遊 之 第6天03/02

日目、32


無錫での朝食は面食を選んで食べましたが、この北方のもののハズなのに、どこのホテルに行っても必ずある…!!

私はいろいろな包子♪♪があるからうれしいですけど






さて午前中は移動でつぶれました。
約4時間かけて一路、上海へ。。
しかし、上海に着いてみると、やっぱり!!

世界一の展望台に行ったけど、思ったとおり、100階は雲の中で看不清楚でした (-_-;

そして淮海中路の南側にある新天地へ。

ここは最新のショッピングスポットですが、私は中国共産党第一次全国代表大会址へ直行 !!!

手荷物検査があり、警備が厳重です…

資料館は見学できたけど、隣の旧址は改修工事中で入れずじまい、、、(/_;)



で、この後の夕食へ向かうバス車内でガイドさんが

蘇州や無錫で団体を抜けて自由にした人がいたけど
上海では自由行動禁止、したければ4000円を払って

と言ってきたので、日本の旅行社に確認の国際電話を入れると

以前は追加料金をもらっていたけど、今はいらない
ただ旅行日程を離れる証明書を書いてほしい
とのこと。
中国の会社は自社ガイドの教育もできない、、、
あかんわ、、、最低×××

そしたら、夕食後に明日自由行動したいと告げたら、この最低ガイドさんが

中国の会社から連絡が来たけど、
明日団体を離れたら、ホテルもキャンセルしてないです

と、非っ常ぉぉ~にアホなことを言ってくれました。

おかげで、大抗議をすることになって
おバカなガイドには
「訴えるというのなら、勝手に裁判所に行け」
と言われるし。。。

客に対して言う言葉ではないやんっっ
こんなガイドを雇うなぁぁぁぁ

嫌な気分のまま、ホテルに荷物を置いて、01路バスに乗り

南京路
外灘

の散策に行きました。

おいしそうなお茶をたくさん買えてうれしいな ♪♪(^^)

2009年3月1日

江南之行8天遊 之 第5天03/01

日目、31

恒例、朝食後の散歩で古き街蘇州を堪能しました。

秦伯の像
孫武記念塔
金門
源源泉
などなど見所満載でした



天津でよく食べていた煎饼果子らしきものも見つけて食べてみると、、、やっぱりおいしかったです(*^^*)






午前は刺繍研究所のショッピング、かわいいので携帯入れを購入
40元は高いなぁ(/_;)
約1時間かけて、無錫へ。
真珠研究所なるショッピングがついていたけど、かわいいピアスがなかったので何も買わず。
その後、太湖を遊覧。
风景挺好看,我特别满意(^0^)/~


そして錫恵公園
寄暢園
恵山寺
天下第二泉
を見学。
庭園がなかなか美しかったです (^^)






そして夕食まで時間が余ったからと、市内の太湖広場なるところへ連れて行かれる。

まぁ、いいんですけどねぇぇ。
おかげで、五輪マスコットのの写真が撮れたし★
ホテルに荷物を置いて、また街中へ出かけました。
無錫のホテルは市内の便利な場所で、繁華街には「3分ほど歩けば着きます」とのこと。本当にすぐでした。
ついつい百貨店での買い物に走ってしまいましたが… (^^;)


崇安寺という古いお寺の周辺がショッピングモールになっていて、派手そのもの。

その中に牛丼を見っけぇぇ~~!!と思ったら

吉野家ならぬ

吉田家でした (^^)

2009年2月28日

江南之行8天遊 之 第4天02/28

日目、228

前日に周荘の観光はしたので、今日はまず約1時間かけて蘇州寒山寺へ直行。

人様が熱心にお参りしている姿を珍しいので写真に収める。

因为我不知道中国人怎么,所以想要照些相在我手上留下寺院里的风景啊。








その後、団体とは離れて、蘇州市内の庭園&寺を観てまわりました。
別行動をあっさりOKしてくれるなんて、太っ腹だなぁぁ LUCKY('-')
寒山寺から市内へ向かう路線バスを探すも来なさそう…

そしたらオートリキシャのお姉さんが

你的钱。你要去哪里

と話しかけてきました。お金をとらないってどういうこっちゃ???、と思っていると、どうも観光地に観光客を案内したら、マージンが入るようです。

三輪車でへ移動しましたが、、、
おしりが痛い (>_<)
でも無事に盘门景区に到着しました。

蘇州は古い城壁が残っている城市で、盘门景区城壁南西角にあります。ここも最近綺麗に整備されたみたいです。
まぁ入場料が40元もしたので、オートリキシャさんにはお金が流れていっていることでしょう。

さて、この盘门景区水陆城门瑞光寺塔吴门桥とが整備されていました。城壁沿いの運河もちょろっとだけ船に乗って楽しめました。

ここで大発見!!!

ここには朝海ひかるさんが宝塚歌劇団組の3番手時代に『愛燃える』で演じた伍子胥を祭る伍相祠がありました。

この中のちっちゃな劇場で折子戯評弾が上演されていました。

折子戯唐伯虎点秋香』を鑑賞しましたが……、の部分が蘇州語で分からなひ… (>_<)




次はテクテク歩いて、入場料40元の滄浪亭という庭園へ。
今日は蘭展が開かれていて、人人人…人海之中 (+_+;)

でも園内の現在蘇州美術館および顔文樑記念館になっている蘇州美術専化学校旧址の建物を撮ってきました。

滄浪亭の後は、遅めのお昼を台湾系チェーンと思われる大娘餃子というお店で餃子を食べました。

そして近くを通る路線バスが有名観光地を通る路線だったので、来たものに乗り、双塔で降りて観にいく。

たどり着く前に、双塔を目指すもぐるぅぅ~~と一周してしまいました。でも途中袁学瀾の故居・宮太尉橋呉王橋など古いものがもりだくさんでした。

さらに路線バスに乗り、拙政園へ。

こちらはさっきの滄浪亭より広くて、ゆったりと見ることができました。




そして本当はタクシーが良かったのですが、なぜか全くつかまらずに、再び路線バスでホテルへ。バスがすぐ来て助かりました (^^;)

ホテルは見つけにくかった…





チェックインしてから、蘇州在住の中国人の友人と落ち合い、ホテル近くの山塘街へ一緒に行きました。ここも最近整備しなおしたということで、綺麗になっていました。友人は幼い頃に一度来たことがあるだけだったそうです。
ここで可愛い布靴を二足購入した他、お土産用に中華風小物も多めに購入。



晩御飯に通りすがりの江蘇料理が食べられそうなお店に入ってみました。友人お勧めの料理はどれもおいしかったです



謝謝 (@^-^@)

2009年2月27日

江南之行8天遊 之 第3天02/27

日目、227



紹興秦望大酒店の朝食にありましたよ

豆腐脑
南方人把它就叫豆花

(*^-^*)ノ

我留完学回日本之后,好久没它 !!!
今天终于了一碗了♪♪




朝食後、またホテル周辺を散歩…と楽しく出かけたら、、、雨が降っていて泥濘に足をとられてしまい、、、靴下も靴もびしょぬれ、、、(/_;)
急いでホテルに戻りました、、、(/_;)

今日の観光は蘭亭から始まりました。
が、書道の心得のない私には王羲之の素晴らしさがイマイチ体得できず (:_;)

お習字はいつの日か習いに行きたいと思っているものの、非常勤の仕事が忙しいから無理だろうし、、中学~高校の書道の教科書を買ってきて、家で一人練習するしかないかなぁ (>_<)


次は、紹興酒の工場見学。

私は紹興酒そのものは口に合わなくてダメですが、醸造の様子は見ていても面白かったです★◎

加饭(3~5年)、花雕(5年~)にそれぞれ半甘半干などの種類が分かれているそうで、。。








昼食後は、わざわざ遠回りをして杭州湾大橋を渡って、約4時間かけて江蘇省周荘へ。
この橋にも台湾資本の影響あり。








周荘も一日目の烏鎮と同じく、街全体を観光地区にして入場料を取っています。町並みも綺麗に整備されているので、古き良きものを観たい人には興ざめでしょうね、、、(/_;)

でも中国の観光地は

古さの感覚が日本よりも五百年ぐらい古いものも多いし

日本と違い、王朝そのものが易姓革命で交替していって、変革期は必ず農民起義(=一揆)があり、権力の象徴は壊されているし、

文化大革命の時期に封建社会を象徴するものは大方つぶされているし、

新しくなってしまうのは仕方がないですね。




しかし改革開放西洋文化がここにも流入しているのでした